最高裁判所第二小法廷 平成7年(オ)1993号 判決 1998年2月27日
亡笹川賢雄遺言執行者
上告人
笹川博美
右訴訟代理人弁護士
前田達郎
被上告人
笹川昭夫
右訴訟代理人弁護士
中山忠男
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
被上告人の訴えを却下する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
一 本件訴訟は、被上告人が、亡笹川賢雄の遺言執行者である上告人に対して、第一審判決添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)につき被上告人が賢雄との間で締結した賃貸借契約に基づく賃借権を有することの確認を求めるものである。原審は、上告人に被告適格があるものと扱い、本件請求は理由があると判断して、これを認容した第一審判決の結論を維持して上告人の控訴を棄却した。
二 そこで、職権により上告人の被告適格について検討する。
1 特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言をした遺言者の意思は、右の相続人に相続開始と同時に遺産分割手続を経ることなく当該不動産の所有権を取得させることにあるから(最高裁平成元年(オ)第一七四号同三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号四七七頁参照)、その占有、管理についても、右の相続人が相続開始時から所有権に基づき自らこれを行うことを期待しているのが通常であると考えられ、右の趣旨の遺言がされた場合においては、遺言執行者があるときでも、遺言書に当該不動産の管理及び相続人への引渡しを遺言執行者の職務とする旨の記載があるなどの特段の事情のない限り、遺言執行者は、当該不動産を管理する義務や、これを相続人に引き渡す義務を負わないと解される。そうすると、遺言執行者があるときであっても、遺言によって特定の相続人に相続させるものとされた特定の不動産についての賃借権確認請求訴訟の被告適格を有する者は、右特段の事情のない限り、遺言執行者ではなく、右の相続人であるというべきである。
2 これを本件についてみるに、記録によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地を所有していた賢雄は、平成三年七月三日に死亡し、その相続人は笹川賢一(長男)、笹川博美(二男)、被上告人(三男)、山岸由美子(長女)の四名である。
(二) 賢雄を遺言者とする遺言公正証書が存在し、その内容の要旨は次のとおりである。
(1) 本件土地の持分二分の一を賢一に、持分二分の一を被上告人に相続させる。
(2) 東京都新宿区所在の土地建物を博美に相続させる。
(3) 預貯金のうちから二〇〇〇万円を由美子に相続させる。
(4) 預貯金の残額は、遺言執行者の責任において、遺言者の負担すべき公租公課、医療費その他相続税の支払等に充当すること。
(5) 博美を祖先の祭祀主宰者及び遺言執行者に指定する。
(三) 被上告人は、本件土地を占有している。
3 右事実によれば、本件土地は賢雄の死亡時に賢一と被上告人が相続によりそれぞれ持分二分の一ずつを取得したものであり、右1記載の特段の事情も認められないから、本件訴訟の被告適格を有するのは、遺言執行者である上告人ではなく、賢一であり、上告人を被告とする本件訴訟は不適法なものというべきである(なお、本件遺言が無効とされる場合には上告人は遺言執行者の地位にないことになるから、この場合においても上告人を被告とする本件訴訟は不適法である。)。
4 原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって、論旨について判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、第一審判決を取り消して、本件訴えを却下すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)
上告代理人前田達郎の上告理由
第一点 原審の判断には、審理不尽の違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。すなわち、
1 原判決は、第一審判決の理由を引用して、上告人の控訴請求を棄却した、しかして、第一審の判決理由中の判断は、「訴外賢雄は、平成二年一〇月二九日、草川弁護士に右賃貸借契約について相談したところ、同弁護士から書面にすることを勧められ、同年一一月八日、賃貸借契約期間を昭和六三年六月六日から三〇年間とすることを合意し、右合意を含め、右賃貸借契約の内容を確認する書面である『確認書』(甲第一号証)を作成し、訴外賢雄は貸主として、右弁護士は立会人としてそれぞれ署名、押印した。被上告人は、右確認書の内容で賃借していることを承認している上、右確認書には被上告人名も記載され、その名下には押印もされている。」というものである(第一審判決7丁裏から8丁表まで)。
2 しかしながら、確認書の作成経緯について、
① 草川弁護士の立場は、被上告人の代理人であるのか、訴外賢雄の代理人であるのか不明である。
もし、草川弁護士が、契約の一方の当事者の代理人であるなら、その一方の当事者と草川弁護士との間に委任契約書が存在し、かつ、その後、委任事務の終了に伴う報酬の授受を証する書面があるはずである。
そこで、上告人は、被上告人にその提出を求めたが(平成七年五月一一日付準備書面二五頁)、原審は、これを取り上げないまま審理を終結してしまった。
② 原判決は、草川弁護士の立場を、右「確認書」に、立会人として署名押印していることから「立会人」として認定している。
しかし、原判決が、「訴外賢雄は、草川弁護士に右賃貸借契約について相談したところ」と認定するなら、草川弁護士は、訴外賢雄の代理人弁護士として署名押印すべきであるから、何故、立会人として署名押印しているのか、さらに審理すべきところ、原審は、そのまま結審してしまった。
③ 右「確認書」の被上告人の署名押印は、筆跡鑑定の結果(乙第六号証)被上告人本人が署名押印したものではないことが明らかになった。
そうすると、右「確認書」には、契約の一方の当事者の署名押印がないのであるから、右「確認書」は、単に形式上無効であるばかりでなく、実質的にも無効であり、有効に成立したことにはならないのである。
それにもかかわらず、原判決は、立会人の草川弁護士の立場を明らかにすることなく、「訴外賢雄が署名し、弁護士が立会人として署名していることから、その内容は信用できるものと認められ、」と判示しているが(第一審判決8丁おもて)、確認書の内容が信じられるか否かが問題ではなく、確認書が両当事者間に有効に成立したか否かが問題なのである。
ところが、原判決は、その点に付き何らの審理を遂げずに結審してしまった。
3 右の「立会人」の立場が、被上告人の代理人だとしたら、原判決の認定によれば、初めは、「訴外賢雄から相談を受けた」というのであるから、一種の双方代理であり法律上許されず(民法第一〇八条)、逆に、訴外賢雄の代理人だとしたら、貸主本人とその代理人の署名押印のみがあり、借主である被上告人の署名押印のない確認書により確認の効果が本人に及ぶ筈がない。
いずれにしろ、鑑定の結果によれば、被上告人の署名押印は、本人がなしたものでないことが明らかであるから、特段の事情のない限り、確認書が有効に成立したとの認定は、経験則上是認できないから、審理不尽、理由不備の違法があり、右違法は、判決の結果に影響するから、原判決は破棄を免れない。
第二点 訴外賢雄が被上告人に土地賃借権を認めるなどということは、当人間のそれまでの関係からあり得ないことであり、これを認めた原判決は、採証法則に反し、被上告人の尋問の結果を採用したためであり、この違法は判決の結果に影響することは明らかである。
1 被上告人は、結婚前から、酒とギャンブルが好きなことから、サラ金から多額の借金をし、その整理に父親の訴外賢雄や母親を悩ましたため、また、結婚後は、嫁のジン子が、母親とうまく行かなかったため、遺産が被上告人に来ないことを恐れ、早くから、その対策を講じ、相談した草川弁護士からのアドバイスで、底地の賃貸借契約を締結することを父親に強要したのである。
その間、被上告人は、別に、父親に強要して、右「確認書」を作成した数日前の平成二年一〇月二九日、同じく草川弁護士が介在して、自筆の遺言書まで書かせているのである(乙第二号証、乙三号証)。
父親の死亡は、翌年の平成三年七月三日であるが、被上告人の仕打ち(被上告人とすれば、土地に賃借権は設定し、遺言状は書いてもらっているのであるから、もはや、父親は必要でなくなったのである)に耐えかねて、上告人の家に同年二月七日、父親は逃げ出してしまったのである。
それから、父親も、不安を感じ、上告人方へ避難してからすぐに、平成三年三月六日、新宿公証人役場にて、公正証書による遺言をなした(乙第一号証)。その主たる内容は、父親が、母親より先に死亡することを想定して作成した公正証書遺言(乙第四号証)と同一の内容であったが、その冒頭に、父親の心境を綴った部分があり、それは、公証人の面前での意思の表明であるから、現在の公証制度を前提とするかぎり、父親の真意に基づく真実の吐露ということができるものである。
2 そうすると、遺言者の意思は、最終の意思が、それに先行する意思に優先するとの一般法理からすれば、最後の公正証書遺言の内容が、優先するところ、その中で、底地については、すでに賃借権が設定されているなどという付帯条件などつかずに、そのまま、相続の対象となっているのである。
これは、とりもなおさず、父親の意識の中に、賃借権など設定したことはないということの現れでなくしてなんであろうか。
この他、被上告人の尋問の結果は、全く信用ができず、そのうち、最も明白なものは、鑑定によれば、本人の筆跡ではないということが明らかになり、したがって、本人が、確認書には署名などしていないことが明白になったにもかかわらず、なお、これを、自己が署名押印したといってはばからない人格態度は、強い非難に値するばかりでなく、被上告人の尋問の結果が全体として措信できないものになったのである。
しかるに、原判決はこれを、「原告本人の尋問の結果(後記採用しない部分を除く)によれば」として、筆跡以外は信用できるとしている違法を犯したのである。
3 原判決は、賃借権の存在を、減殺する証拠をまったく採用せず、賃借権の存在を認めた採証法則に反する違法があり破棄を免れない。
第三点 原審の判断には、経験法則違背の違法があり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。すなわち、
1 親子が、特別の理由もなく、賃貸借契約を締結するのは経験則に反する。子が親の所有する敷地に、家を建築する場合、一般に、親は子に地代や権利金の請求などしない。しかし、税法上は、親から子への地代相当分の贈与があったと見做されることから、特に税務当局も、かかる近親者間の無償使用の場合(固定資産税などの土地の公租公課に相当する金額の支払があった場合も含めて)には、原則として、贈与として取り扱わないことになっている。
こうして、税務当局は、親子間等の特殊な関係を認める代りに、相続の時点で、その土地に借地権がついているとして借地権価格を減殺することを認めないで、更地として評価するのである。
2 したがって、親子間の賃貸借契約が、税務当局により認められる場合は、その賃貸借契約は、第三者との間の契約と同一の条件(例えば、当該土地と同等の条件の土地の賃料額の支払い、権利金ないし保証金の提供など)、で締結されなければならないのである。
その場合には、家賃収入は貸主である親から所得として申告されるから、税法上も潜脱行為ではなく、まったく問題がないのである。これが世間の良識であり、我々の経験則である。
権利金や保証金の提供も受けずに、なお、賃貸借契約が成立するというのでは、少なくとも借地権価格に相当する部分について、脱法的に生前贈与したことになり、税の公平負担という観点からも、裁判所が、結果的に、違法行為を追認したことになるのである。
そこで、上告人は、事件の提起前に、管轄の四谷税務署と相談したが、右税務署は、賃借権は認められないとのことであった(このことは、第一審で、当事者としての尋問の際述べたが、調書には記載がない)。
3 原判決は、それにもかかわらず、契約当事者の双方が親子である場合であるのに、その間に世間相場並みの賃料の支払いや権利金の提供などの要件を審理認定することなく、容易く、賃貸借契約の成立を認めたのは、経験則に反して違法である。
第四点 原判決には、法令の解釈を誤った違法があり、その違法は判決の結果に影響することが明らかである。すなわち、一般に、当事者の一方の署名押印のない契約書(確認書)は、有効に成立したということはできず、その効力が認められないのである。
1 原判決は、「確認書」の一方の当事者である被上告人の署名押印が、被上告人のものではないことを認めながら、「訴外賢雄が署名し、弁護士が立会人として署名していることから、その内容は信用できるものと認められ、」と判示して、その効力を認めたのである。
しかしながら、右の判示から認められることは、
① 契約の一方の当事者が署名押印していないこと、
② どちらの代理人か立場が不明な立会人が署名押印しているということ、
③ その内容が信用できるということ、
だけである。
なお、右確認書の当事者の住所の記載は、間違っており、確認書が訴外賢雄の意思に基づいて作成されていない事実を推認させるものである。
2 このような場合、まず、契約が有効に成立して、署名押印した当事者に、その法的効果が帰属するには、契約当事者が、自ら、これに署名押印しなければならないのである。自ら署名押印しないところに何らの法的効果も発生しないことは法律のいろはである。このことから、契約の成立を認めることはできない。
次に、契約の一方の当事者が署名も押印もしない契約の内容が、誰の代理人か立場の明確でない弁護士が立ち会ったとして、どうして信用できると判断し、かつ、契約そのものの成立まで判断できるのであろうか。
百歩譲って、契約の内容が正しいとしても、契約の相手方が署名押印していない以上、契約の一方の当事者の、いわば、申し込みにしか過ぎず、これをもって、署名も押印もしない当事者のために契約が成立したと言うことはできないのである。
3 本件の場合は、過去に締結したという賃貸借契約の存在を確認するためのものであるから、この確認書なる書面に、当事者の一方が署名押印していないということになれば、確認書の内容を云々する以前に確認書の成立そのものが認められないのである。
それにもかかわらず、これをもって、確認書が有効に成立していると認定した原判決は、法令の解釈を誤った違法があり、その違法は判決に影響するから破棄を免れない。
上告人の上告理由
第五点 第一審及び原審での法令違背
1 訴訟指揮
第一審において、第一事件(平成四年(ワ)第二二七一二号)、第二事件(平成五年(ワ)第七九五三号)、第三事件(平成六年(ワ)第六七九三号)の三事件が併合されたが、いずれも、被上告人が原告として提訴した同一の土地賃貸借確認を求めたものである。
このほか、被上告人は、別に原告として、所有権移転登記抹消手続請求事件(平成四年(ワ)第一一〇六号、―以下「別訴」という。)を提訴し、訴外賢雄の意思能力の欠如により、公正遺言証書(乙第一号証―平成三年三月六日付)が無効であると主張している。
右、四件の事件は、同一裁判官のもとで審議が行われ、第一〜第三事件についての判決がなされた。
まず、右、第一〜第三事件の第一審における審議過程について主張する。
上告人は、第一事件当初から、当事者適格について反論をしてきた。それは、公正遺言証書(乙第一号証)が存在し、それによれば、訴外賢雄は、遺言執行者として上告人を指定していたのであるから、訴外賢雄の遺言の執行についてクレームがあるならば、遺言執行者を相手とすべきだからであった。
しかし、第一審は、上告人の主張に耳を貸さず、審議が続行されたのである。ところが、平成五年一一月の期日の冒頭で、裁判官は、第一事件について「よく調べたら被告は次男博美ではなく、相続人全員が被告になる」との発言をし、第二事件が提起された。
その後、平成六年五月の判決言渡しが一旦指定されながら延期され、さらに第三事件の提起がなされた。
この一連の第一審の対応は、訴訟形態を二転、三転させる結果を招き、上告人にいらざる損害を与えたのである。
被上告人は、別訴で、訴外賢雄の意思能力の欠如により、公正遺言証書(乙第一号証)の無効を申立てている。第一審は、遺言執行人敗訴の判決を下したが、そもそも、遺言執行人が存在するには、原点である公正遺言証書(乙第一号証)の存在が有効と確定しなければならない筈である。
しかるに、第一審は、別訴判決を後回しにして第一〜第三事件を先行させるとの判断を示した。言うまでもなく、別訴の判決如何によっては、遺言執行人が存在しないことになる。すると、第三事件は成立しないのである。
このことは、別訴で上告人が勝訴し、第三事件で敗訴となれば、公正遺言証書に明記された訴外賢雄の意思が生かされないことになる。即ち、遺言執行者としての責務が果たせないのである。
従って、別訴の判決が第一であり、第一審は訴訟指揮の誤りをおかしている。そして、原審はこれを追認しているのである。
2 重大な事実誤認
第一審は、
原告本人の尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。
一 原告は、昭和六三年六月六日、訴外賢雄から、本件土地上の別紙目録記載の二の建物(以下「本件建物」という。)の贈与を受け、その際、本件土地につき普通建物所有目的で賃貸借を締結した。
二 右賃貸借契約以降、原告は、訴外賢雄に対し、本件土地の賃料として毎月金二万円を手渡しで支払った。
との認定理由をあげている。
しかし、訴外賢雄から被上告人への「本件建物」の贈与を証明するものは何もなく、右記、一項に示された「贈与を受け」との判決理由は事実誤認である。
また、土地の賃料として金二万円を手渡しで支払った。と認定理由をあげているが、被上告人は、第五回口頭弁論調書(平成五年九月二一日)一三項で、
「地代であるにもかかわらず、なぜ「家賃」と記載されているかという質問ですが、それまでずっと家賃と書いて来たことと、私も地代と家賃とを明確に区別していなかったからだと思います。」と述べている。
これは、宣誓した法廷での口述である。地代と家賃とを明確に区別していなかった者が、どうして、土地の賃貸借契約を締結したなどと言えるのか、この曖昧な主張を採用した第一審は、拡大解釈、重大な事実誤認をおかしている。
地代の二万円を手渡したとの認定についても、その根拠とした甲第六号証(家計簿)には、家賃と記載されているにすぎない。何よりも、第一審が採用した右書証(昭和六三年六月二九日〜平成二年七月一一日間)は、本来記載されるべき昭和六三年六月分の賃料支払が記載されていないばかりか、右書証の冒頭は、平成三年九月までの食費月別一覧にすり替えられている。このことは、後から作成したことが歴然としている。なぜ、このような工作をする必要があるのか、かかる書証を採用し判決理由とした第一審は「理解出来ない」といわざるを得ない。
また、右書証のどこをもって、訴外賢雄が手渡しで受け取ったとなるのか。
第六点 採証法則違反
第一審は、振込み支払いと認定している(七丁裏)。
訴外賢雄は、乙第五号証(協和埼玉銀行調布支店、笹川賢雄名義、通帳番号―二一九九八一)が普段使用していた唯一つの預金通帳であった。
被上告人は、第五回口頭弁論調書、一四項で、
「振込みは、賢雄がそれまでは自分で銀行に行っていましたが(平成二年五月時点)、二度目の入院(平成二年五月)後は、それが億劫になったということで、振込みにするよう賢雄の指示があったからです。」
と口述している。
一方、別訴、訴状、請求の原因、二1では、平成元年一二月一一日に入院し、退院後(平成二年一月一二日)は一人では動けない状態であった。と主張している。一方で自分で毎月銀行に行っていたと言い、一方では一人では動けない状態だったと主張している。この振込行為に関する被上告人の主張の信憑性について何ら思慮がなされていない。
第一審は、甲第四号証一〜三を採用し、認定根拠とした。
この書証について主張する。
被上告人は、準備書面(平成七年四月六日付)第二、三で、「平成元年一二月以降訴外賢雄の金を操作していたのは被控人の妻である旨主張するが、そのような事実はない。訴外賢雄の金の管理などしていないのである。また、一二〇〇万円の使途不明金云々を主張しているが、そのような金員の所在については知らない。」と主張している。
一方、右記、準備書面、第一、二、2では「甲第六号証は、被控訴人の妻の現金出納であり、収入と支出を記載し、現在残高と自分の所持している金額とを照合するものである。そこで、訴外賢雄の入院費等かかっても、直接被控訴人の手持ち現金から支払っていなければ記載はされないのである。」と主張している。
つまり、訴外賢雄に係わる費用は、被上告人の妻ジン子が、訴外賢雄の所持金から処理していたことを自白しているのである。
乙第五号証には、被上告人が主張する期間、訴外賢雄が預金積立をした事実はない。従って、被上告人が主張する訴外賢雄が、毎月自分で銀行に行っていたと主張しているのは虚偽であることが明白である。
まして、被上告人から賃料を貰うなど、訴外賢雄の性格から言ってあり得ない。そのことは、被上告人の主張によれば、昭和四五年一月に結婚し同居当初から生活費として六〜七万円支払い、その後、昭和六三年まで、六万円の生活費を払ってきた、即ち、一八年間両親に頼りっぱなしだったと主張しているのである。
訴外賢雄は、平成元年一二月に入院し、平成二年一月に退院した。その後、平成二年五月に入院し、退院は同年八月で、その間、都合一〇〇日の入院を余儀なくされ、訴外賢雄の金を管理、操作していたのは、被上告人の妻ジン子である。
乙第五号証によれば、平成二年一月三〇日、四〇万円の引落から、平成三年一月一六日、一一〇万円の引落しまで、合計、二七四万二四〇〇円である。
被上告人は、別訴、準備書面(平成五年一月一九日付)五で、平成三年一月と二月分の家賃を持ってこなかった。即ち、平成二年一二月分までは、上告人が家賃を持ってきていたことを認めている。家賃とは、新宿の貸店舗、貸室の賃料である。平成二年度の確定申告によれば、その金額は、五〇五万八〇〇〇円である。また、乙第一二号証(ジン子の陳述書)一三頁で、長男賢一の長女(笹川美穂名義の定期預金証書)名義の預金、一二一万九〇〇〇円払い戻す。と記述されており、その他、長女由美子及び、上告人の妻栄子、上告人次女祐子名義の預金がこの年度引落され、その総額が、上告人が主張する一二〇〇万円である。
被上告人は、第六回口頭弁論調書(平成五年一一月三〇日)九で、訴外賢雄が賢雄以外の名義で預金をしていたことを知らない。と虚偽の口述をした。
右記、訴外賢雄の入院や、退院(平成二年八月七日後は、体力、気力とも別人の様子になっていた)の事情から、新宿の家賃を上告人が直接被上告人の妻ジン子に手渡していたのである。被上告人は、上告人が家賃を持ってこなかった。と言っていることからみても、被上告人の妻ジン子が関知していたことは明白で、この家賃の取り扱いは、訴外賢雄と上告人との間の信頼関係(二七年間)に立ってのものであり、もともと、この家賃は、被上告人は関係ないのである。持ってこなかった。などの主張が、却って係わっていたことを暴露しているのである。
被上告人によれば、昭和四五年から昭和六三年まで生活費を、訴外賢雄に手渡していたことになる。右記の事情から、乙第五号証は被上告人の妻ジン子が保管し、預金引落しを同女が行っていた。わざわざ甲第四号証の手続きを取ったのは証拠を残そうとの魂胆なのである。乙第一二号証によれば、平成二年六月二七日、被上告人の妻ジン子が、相続の相談に草川弁護士に相談した。とある。被上告人は、訴外賢雄が、平成二年五月に入院したため、振込みするよう指示され、平成二年七月二四日に、六月分と七月分の賃料四万円を振込んだ、との主張をしているが、平成二年六月二七日、相続の相談を受けた弁護士から証拠を残しておくようアドバイスを受けた被上告人の妻ジン子が、七月二四日に振込み行為を行った。と見る方が、極めて妥当であり経験則である。被上告人の妻ジン子が振込み行為者である。同じ預金通帳から同女は数百万円の預金引落しを行い、同女の懐に還流し隠匿しているのである。また、甲第四号証は地代の証明をしていない。
第一審は振込みと認定しているが、この事実関係を全く思慮していない。
第七点 訴訟手続き違反
平成七年二月二一日、証人山岸由美子に対し、以下の審問があった。平成二年一一月八日、訴外賢雄、山岸又男、同由美子(訴外賢雄長女)の墓参りについて、
① 前日まで寝たきりだったのではないか。
② 墓前にどのくらいの時間いたのか。
③ 昼食は家でとるのが普通ではないか。何を食べたのか。
乙第三号証について、
① どこで書いたのか。
② 被上告人の妻がいたのに書面が書けたのか。
③ 用紙は誰のか。
乙第一〇号証2について
① 墓前で録音行為を行うのは異常である。
② 相続非権利者が、録音をとるのは異常である。
この一連の審問は偏見の上に成り立っている。原審は、何を以て墓前と決付けているのか。また、相続非権利者の山岸又男の行為を非難した上で、審問をおこなっている。平成二年一一月八日時、訴外賢雄は健在であり、相続とは何ら関係はない。被上告人の妻ジン子が、平成二年八月二日、草川弁護士を同行し、訴外賢雄の入院先の病室に来て、遺言書の作成を迫った事を訴外賢雄から聞かされたのである。被上告人が何故弁護士に依頼しなければならないのだろうか、この行為こそ問題にされるべきである。山岸又男は、第三者の立場で冷静に事実関係を糺そうとする正義感から行動したにすぎず、その行為を非難される筋合いはないのである。審問は極めて的を得ていない。一方が弁護士を頼み種々工作していることが判明した以上、将来に問題が生じることは容易に想定できた。それは、乙第一〇号証1から3の証拠でも明らかなように、訴外賢雄と被上告人との言っていることが全く違う。訴外賢雄は故人である。被上告人の主張が、死人に口なしを悪用した一方的な場合、残された訴外賢雄の肉声を思慮してしかるべきである。
また、原審の、証人に対する審問の高圧的態度はいかがなものだろうか。一般人が法廷という特殊な場に出るには、相当な精神的負担を強いられる。右審問の如く、偏見に立った審問は、証人を萎縮させる結果を招き、公平の原則に反する。個々の家には、その家独特の歴史や事情があり、公には必要なくても、当事者にとって大事なことは多々ある。それ故に、聞く耳を持ってもらいたいと願い、敢えて出廷するのである。
第八点 被上告人主張の信憑性
第一審は、甲第一号証(確認書)の本人筆跡について、
甲第五号証(陳述書―平成五年九月二一日付)六項の、
「この署名も私の直筆に間違いありません。」の十数文字だけを取り上げているにすぎないのは何故なのか。
本人筆跡について被上告人は、第五回口頭弁論調書、二〇項及び、第六回口頭弁論調書、一五項で、
被上告人自身の署名と言い張っている。これは、宣誓した法廷での明らかな偽証である。この偽証行為を不問にしているのは何故なのか。
第一審は、署名筆跡は誰のものでもいい。との判断を示したが、かかる行為が成立するなら、契約行為のイカサマはいくらでも出来ることになる。
被上告人は、訴状、請求の原因、二で、
昭和六三年六月六日訴外賢雄と原告は本件土地を目的として、訴外賢雄を貸主、原告を借主とする内容の賃貸借契約を締結した。賃料は二万円を支払う。
本件賃貸借契約に至事情、二で、
原告は昭和四五年一月二五日から訴外賢雄と同居してきた。そして、生活費の他に部屋代として、当初一万円、後には二万円を支払ってきた。
右記、三で、
昭和六三年六月六日に訴外賢雄と原告は本件建物を目的とする贈与契約を締結しあわせて本件建物の敷地である本件土地の賃貸借契約を締結したのである。
との主張をしている。
しかし、被上告人は、甲第五号証、四項で、
「当初は生活費と部屋代を区別せずに払っていましたので、月々六〜七万入れたうちのいくらかが部屋代であるかは明確ではありません。」
また、第五回口頭弁論調書、一三項で、
「地代であるにもかかわらずなぜ「家賃」と記載されているかという質問ですが、それまでずっと家賃と書いてきたことと、私も地代と家賃とを明確に区別していなかったからだと思います。」
と口述している。この口述は、明らかに訴状の主張記載事項と違う。
また、乙第一二号証(陳述書―被上告人の妻ジン子)二八頁で、
義父の財産調査の際に調布の家が三男名義になっており賃料を払っていて何も書類がないので、との記述がある。
このことは、昭和六三年六月時に書類、即ち、賃貸借契約に関する要件などは何もなかったことを自白している。
被上告人は、第五回口頭弁論調書、一八項で、
「被告博美及び私(被上告人)には住む家がないのでいずれも八分の三の割合にしたということを賢雄から聞きました。」
との口述をしている。
本件建物の贈与を受けていた被上告人が、住む家がないなどと言われる筈がなく、訴外賢雄が言ったのではなく、訴外賢雄や他の兄弟達が、被上告人らの生活振りのだらしなさから(両親に頼り切った生活態度)、被上告人らが、どう見られ扱われていたかを、被上告人自ら暴露しているのである。
右記の事実関係から、被上告人の主張そのものの信憑性が問われるべきであり、重ねて言えば、虚偽が明白である以上、被上告人の提訴そのものが却下されてしかるべきである。
第九点 結論
被上告人は、別訴、準備書面(平成四年六月二日付)第二、三2で、
被上告人は、「自らの相続分に対する相続税のことで心配していたのである」
と記述している。
これは、昭和六三年当時のことである。訴外賢雄が健在中であった時期に、自ら相続分について心配し、また、相続配分が何も決まっていないのに、相続税を心配していたと言うのである。
被上告人だけが、草川弁護士に相続の相談をして、訴外賢雄に、遺言書作成の交渉を依頼(平成二年六月)した事実が結論である。弁護士に依頼する行為は、目的・魂胆なくしてあり得ないことは言うまでもない。
第一審及び原審は、被上告人が何ら立証していない土地の賃貸借契約を容認し、あまつさえ、明治生まれの無骨者ではあったが、人生を正直に生きてきた訴外賢雄の善行を冒涜し、最終意思(乙第一号証)をも否定する結論を示した。
この訴外賢雄を冒涜した判決は、事実誤認や拡大解釈を加え、被上告人の主張の信憑性を思慮するどころか、擁護したとしか言い様のない判決は、到底容認できない。